最近いわゆる枯山水が新たにアップデートされたと風の噂で聞いて、本日は曇天の蒸し暑い梅雨入り前の気候の中、京都市右京区周辺の街路を散策しているのですが、早速見つけました。
一般開放していないタイプの寺院(今回掲載している写真とは無関係の場所)の門扉の向かって右隅に段ボール箱が縦向きに置かれており、さらにその上に段ボールの中心軸をやや右、門扉のセンター側にずらして紙袋が置かれていました。
段ボールと紙袋はおそらく熟練の技術と感を持って不安を感じさせない程度に重心が設定されており浮遊したような心地よくのほほんとした感覚を見る人に与えてくれます。
門扉とその奥の庭園を合わせて少し身を引いて鑑賞すると「なるほど」段ボール箱や紙袋が「あちらから、そちらへ」移動する異なる距離感のリズム、まさに「枯山水の理念」をフレッシュな感性を持って表現されていることに気がつくと思います。
いわゆる置配(Oki-Hai)の美はこのようにして古都京都の街で暮らす人々に少しずつ受け入れられたのだ理解ができる実例ですね。
他には団地の扉横、町屋の軒下、新築の置配BOX内(あえて隠す美学)など、バリエーションに富んでいます。
「ただそこに誰かが遠くからリレーされてきた箱を素早く置いただけ」
ただひとつ必要なものを挙げるとすれば玄関先に無造作に置かれているものを誰も盗まないという人の善意に頼り切った儚い前提だけ。
現代アートのように最終的には結局製作者やディレクターなどの個人の主張が見隠れしてしまうような形態をとらずとも、歴史を内包した新しい美は成立するのです。
それはそうと「ダンボール」は英語では「Cardboard Box」というようで日本語より若干硬質な響です。
対して「ダンボール」は「段ボール」。
段がついたボール紙という意味らしいのですがその素人には訳がわからない由来と正しく書くと実は漢字+カタカナがミックスされた親しみやすいポップさがちょっとかわいいですね。
Presented by キョウトスイスイ
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